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東京地方裁判所 平成10年(ワ)5326号 判決 1998年7月15日

甲事件原告兼乙事件原告

株式会社大安

右代表者代表取締役

光田敏昭

右訴訟代理人弁護士

杉本良三

甲事件被告

株式会社シャングリラ

右代表者清算人

左合信一

乙事件被告

有限会社赤坂

右代表者代表取締役

左合信一

右被告ら両名訴訟代理人弁護士

早川良

主文

一  甲事件被告株式会社シャングリラ及び乙事件被告有限会社赤坂は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  甲事件被告株式会社シャングリラは、原告に対し、平成八年五月三一日から平成九年三月三一日まで一箇月五一万五〇〇〇円の割合による金員を、同年四月一日から右明渡し済みまで一箇月五二万五〇〇〇円の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  乙事件被告株式会社赤坂は、原告に対し、平成九年六月一日から右明渡し済みまで一箇月五二万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  前提となる事実

1  別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地である同目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)は、いずれも原告の所有である。

(両事件を通じて当事者間に争いがない事実)

2(1)  原告は、平成五年七月一日、甲事件被告株式会社シャングリラ(以下「被告シャングリラ」という。)に対し、賃貸借期間を平成五年七月一日から平成七年五月一五日まで、賃料を一箇月七二万一〇〇〇円(消費税込み)とし、毎月末日限り翌月分前払いの約定で、本件建物を貸し渡した(以下、右賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。

(両事件を通じて当事者間に争いがない事実)

(2) 本件賃貸借契約には、「本件建物は、賃貸人の売買商品で売却が予定されているので、右期間満了時にこれが売却される場合には、契約は更新されることなく、終了するものとする。」との特約(以下「本件特約」という。)が存在する。 (甲三)

3(1)  その後、右当事者間において、同年一〇月分からの賃料は一箇月五一万五〇〇〇円(消費税込み)と改定する旨の合意が成立した。

(甲一一、原告代表者光田敏昭)

(2) 消費税率は、平成九年四月一日以降は、五パーセントに改定された。

(裁判所に顕著な事実)

4  被告シャングリラは、平成八年六月一日、平成二年法律第六四号附則六条一項の規定により、解散したとみなされたが、同社の代表者左合信一は、同社の営業を継続するため、平成九年四月一八日、乙事件被告有限会社赤坂(以下「被告赤坂」という。)を設立し、同社の代表者に就任した。

(甲一三、被告シャングリラ代表者左合信一、弁論の全趣旨)

5  被告赤坂は、遅くとも平成九年六月一日以降は、被告シャングリラとともに、本件建物を共同占有している。

(当事者間に争いがない事実)

二  当事者らの主張

1  原告の主張

(1) 一時使用のための賃貸借

ア 本件賃貸借契約は、平成七年五月一五日までの一時使用目的の賃貸借契約である。

すなわち、原告は、本件建物を賃借人が入っていない状態で他に売却することを予定していたところ、被告シャングリラもそのことを承知の上で、本件特約を合意して本件賃貸借契約を締結したものである。

イ したがって、本件賃貸借は、その期間満了日である平成七年五月一五日の経過によって終了した。

(2) 更新拒絶の正当事由の存在

仮に本件賃貸借契約が一時使用目的であると認められないとしても、

ア 本件特約の存在する本件賃貸借契約においては、本件建物について売買契約が成立し、売却が決定したことをもって、更新拒絶の正当事由とすることが、当事者間で合意されているというべきである。

イ 原告は、平成七年四月ころ、本件土地及び本件建物を二億一一六〇万円で訴外アポロ産業株式会社に売却する話をまとめた。

右売買契約は、被告シャングリラが本件建物の占有を継続したために結局解約せざるを得なかったが、その後、平成八年四月二〇日には、訴外安部正美との間で、本件土地及び本件建物を一億三〇〇〇万円で売却する旨の契約を締結した。

ウ 原告は、平成六年一一月一六日、被告シャングリラに対し、平成七年五月一五日の期間満了時には賃貸借契約を更新する意思のないことを通知し、右通知はそのころ被告シャングリラに到達した。

(3) 賃借権の無断転貸又は無断譲渡による契約の解除

ア 被告シャングリラは、平成九年六月ころ、原告の承諾を得ることなく、本件建物の賃借権を被告有限会社赤坂(以下「被告赤坂」という。)に譲渡又は転貸した。

イ 原告は、平成九年一一月一八日、被告シャングリラに対し、賃借権の無断譲渡又は無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思を表示し、右意思表示は、翌一九日に被告シャングリラに到達した。

(4) よって、いずれにしても、本件賃貸借契約は終了しており、被告らは、原告に対する何らの占有権原も有しないから、原告は、本訴において、各被告に対し、次のとおり請求する(本訴請求)。

ア 被告シャングリラに対しては、本件賃貸借契約の終了に基づいて、本件建物の明渡し、ならびに、賃料相当損害金として、本訴状送達の日の翌日である平成八年五月三一日から平成九年三月三一日までは一箇月金五一万五〇〇〇円の割合による金員の支払、及び消費税率が五パーセントに改定された同年四月一日から右明渡し済みまでは一箇月五二万五〇〇〇円の割合による金員の支払

イ 被告赤坂に対しては、本件建物の所有権に基づき、本件建物の明渡し、及び、賃料相当損害金として、同被告が占有を開始した後である平成九年六月一日から右明渡し済みまで一箇月五二万五〇〇〇円の割合による金員の支払

2  被告らの主張

(1) 一時使用目的による賃貸借であるとの主張について

本件賃貸借契約は、売却の時期、相手方など具体的なことは何一つ決まっていない段階で締結されたものであり、その内容とされた本件特約は、原告の意思のみで実現できる事柄がその内容となっており、賃借人である被告シャングリラに一方的に不利なものであるから、借地借家法三七条又はその趣旨に照らして、無効というべきである。

また、原告代表者光田敏昭も、右契約締結時に、被告シャングリラ代表者左合信一に対して、本件特約は形だけのことであり、間違いなく更新し、少なくとも、七、八年間は被告シャングリラの賃借権を認める旨の言動をしていた。

したがって、本件賃貸借は原告の主張するような一時使用目的のためのものではない。

(2) 更新拒絶の正当事由の存在について

正当事由の存否は、賃貸人側の事情と賃借人側の事情を比較較量して判断されるべきである。

被告シャングリラは、本件建物において、店舗を経営し、その収入によって同社代表者らの生計を維持しているのであるから、本件建物を使用する必要性は極めて大きい。

他方、原告は、本件建物について、訴外安部正美との売買契約が成立したと主張するが、右売買契約は、仮装された疑いが濃厚である。

したがって、原告の更新拒絶は正当事由は存在しない。

(3) 無断譲渡又は無断転貸の主張について

被告赤坂は、被告シャングリラが、平成八年六月一日、平成二年法律第六四号附則六条一項の規定により、解散したとみなされたため、同社の営業を引き継ぐためにやむを得ず設立された法人であり、代表取締役も同一であり、その他の取締役、会社の目的などもほぼ同じであって、実体は被告シャングリラと同一であり、現実の占有状況にもまったく変更はない。

したがって、被告シャングリラから被告赤坂に対して賃借権の譲渡や転貸がされたものとはいえないし、仮に、そのいずれかに当たるとしても、右のような事情のもとでは賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情があるというべきである。

三  争点

本件の争点は、次の各点である。

1  本件賃貸借契約が一時使用のためのものであるか。(争点1)

2  本件賃貸借契約について、更新拒絶の正当事由があるか。(争点2)

3  被告赤坂が本件建物を占有するに至ったことが賃借権の無断譲渡又は無断転貸によるものか。仮に無断譲渡又は無断転貸に当たるとすれば、賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情があるか。(争点3)

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件賃貸借契約が一時使用目的のためであるか)について

1  証拠(甲一ないし同四、同九ないし同一二、乙一、同二、同四、同九、原告代表者光田敏昭、被告シャングリラ代表者左合信一)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、土地及び家屋の買入れ・売却、不動産の売買・仲介・管理等を業とする株式会社であるが、平成元年一〇月二七日、転売を目的として、本件土地及び本件建物を合計五億四〇〇〇万円で購入し、そのころ、前所有者から、何人の占有もない状態で本件建物の引渡しを受けた。

なお、右の購入資金は、株式会社横浜銀行からの借入金で賄われた。

(2) 原告は、転売を予定していたため、近所の下着販売店に対して約一箇月程度の短期間本件建物を賃貸した以外には、本件土地建物を第三者へ賃貸したりすることはなかった。

(3) そうしたところ、原告代表者光田敏昭は、平成四年ころ、知人であり、当時ディスカウントショップの経営指導を行っていた総合ディスカウントコンサルタント株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役森本宜生から、「ここで試験的に自分の直営店をやってみたいから貸して欲しい。」との依頼を受けた。

これに対し、原告代表者光田敏昭が、「転売を予定している物件なので、三年以上の期間は貸せない。」と答えたところ、右森本は、右の条件を了解した。そこで、原告は、同人ならば、必ず約束した期間の経過後に本件建物を返してくれるものと考え、同年五月一五日、訴外会社との間で、賃料を一箇月一〇三万円(消費税込み)、賃貸借の期間を同月一六日から平成七年五月一五日までの三年間とし、「本物件は売却を目的とする甲の商品であることを乙は承知の上賃借するものであるから、第二条による契約期間満了時に売却される時は更新をしないものとする。」との特約条項を盛り込んだ賃貸借契約を締結した。

なお、原告と訴外会社とは、同年六月三〇日、右賃貸借契約について公正証書を作成し、同公正証書中においても、期間を平成四年五月一六日から平成七年五月一五日までの三年間とするとの記載と併せて、「本件建物は賃貸人の売買用商品で売却が予定されているので、右期間の満了時にこれが売却される場合には、本件契約は更新されることなく、終了するものとする。」との特約が明記された。

(4) 右のような経緯で、訴外会社は、平成四年四月ころ、本件建物において時計宝飾等のディスカウント店「リグレ」を開業したが、開店後しばらくすると客足が遠のき、平成四年一〇月ころからは、店のシャッターが降ろされたままとなり、原告が訴外会社と連絡を取ろうとしても連絡がとれない状況となった。

(5) 一方、訴外会社のチェーン店を営業していた被告シャングリラは、そのころ、訴外会社に対して三〇〇〇万円を超える債権を有していたことから、右「リグレ」を自ら営業することによって、少しでも自己の債権の回収を図ろうと考え、同被告代表者左合信一が、同年一一月下旬ころ、原告代表者光田敏昭に面会し、自分が訴外会社から右「リグレ」の経営の委任を受けたと主張した。

これに対し、原告代表者は、左合信一とはそれまでに面識もなく、賃貸借の相手方でもなかったことから、本件建物の明渡しを求めたが、左合信一は、訴外会社に対する被告シャングリラの債権を回収するために本件建物で店を続けさせて欲しいと懇請したため、話がまとまらなかった。

(6) 原告は、その後も、左合信一に対して、再三にわたり、本件明渡しを求めたが、森本宜生から原告と訴外会社との賃貸借契約書(乙一)を入手していた左合信一は、原告に対し、「是非とも貸してもらいたい。せめて訴外会社との契約の残存期間だけでも、期間満了まで使わせて欲しい。」と懇請を繰り返す一方で、同年一二月からは、同人の手で右「リグレ」において営業活動を行うようになり、そのうちに店名を「シャングリラ」と変更するに至った。

(7) そこで、原告代表者光田敏昭は、いつまでもそのような状態で放置することはまずいと思い、訴外会社と同一の契約内容であれば被告シャングリラに本件建物を賃貸することもやむを得ないと考えて、左合信一にその旨を伝えた。

その結果、平成五年七月一九日、原告と被告シャングリラとの間で、賃貸借の期間を原告と訴外会社との賃貸借契約の残存期間である平成五年七月一日から平成七年五月一五日までとする賃貸借契約が公正証書をもって作成され、その際、公正証書中に、先の原告と訴外会社との契約における特約文言と同内容の本件特約が明記された。

なお、右公正証書中には、被告シャングリラが原告に対して敷金三一〇万円を差し入れた旨の条項が記載されたが、実際には、先に訴外会社が原告に差し入れていた敷金を本件賃貸借契約の敷金として振り替えるという話が光田敏昭と左合信一との間でなされただけで、被告シャングリラから原告に対する敷金の交付はなかった。

(8) 被告シャングリラは、本件建物を自らの店舗として使用して、輸入ブランドの衣料品等の販売を行っていたが、本件賃貸借契約締結後、まもなく賃料の支払を滞るようになり、原告に賃料の値下げを要請した結果、順次賃料が値下げされて、平成五年一〇月分以降の一箇月の賃料は五〇万円に消費税相当分一万五〇〇〇円を加えたものとなった。

(9) その後、原告は、アポロ産業株式会社との間で本件土地建物の売買の話がまとまり、平成七年四月二五日、同社から原告に対して、本件土地建物を二億一一六〇万円で購入する旨の買い付け証明がなされた。

(10) また、原告は、本件賃貸借契約の期間が満了する六箇月前の平成六年一一月一六日には、内容証明郵便で、被告シャングリラに対し、本件賃貸借契約には本件特約が付されており、期間満了日である平成七年五月一五以降は契約を更新する意思がないので本件建物を明け渡すように通知し、右通知は、そのころ被告シャングリラに到達した。

なお、被告シャングリラ代表者左合信一は、本件特約について、原告代表者光田敏昭から、原告の債権者である金融機関との関係から書類上このような形にするが、七年でも八年でも長く使ってくれと言われたと述べる(同人に対する代表者尋問、乙四)が、右は原告代表者光田敏昭の供述と相反するのみならず、原告は、訴外会社との間で締結した契約書及び公正証書でも、一貫して本件特約と同様の条項を明記していること、本件契約においても、通常の契約期間ではなく、訴外会社との契約期間の残存期間をもってその期間とされていることなどに照らして、容易に措信できない。

2 ところで、本件賃貸借契約においては、その期間を平成五年七月一日から平成七年五月一五日までとし、右期間満了時に本件建物が売却される場合には、契約を更新しない旨の特約が存在するが、右1に認定した右特約が締結されるまでの一連の経緯、殊に、①原告は、もともと土地建物の販売等を業としており、本件建物についても、転売目的で取得したものであって、これを第三者に賃貸する計画を持っていなかったこと、②原告代表者光田敏昭は、知人である森本宜生から「ここで、試験的に自分の直営店をやってみたい。」と頼まれ、三年後の期間満了時に原告が本件土地建物を他に売却する場合には、賃貸借契約を更新することなく終了させるとの確約を得たので、これを信じて、訴外会社との間で賃貸借契約を締結したものであること、③その後、被告シャングリラが自らの債権回収のために本件建物で訴外会社に代わって営業を行おうとした際、原告は、同被告に対し、再三明け渡しを求めたが、これに対して、同被告は、所有者である原告に対抗できる占有権原を有していなかったこと、④そこで、被告シャングリラ代表者左合信一は、原告と訴外会社との賃貸借契約が前記認定のとおりの内容であることを承知した上で、原告に対し、訴外会社との契約の残存期間だけでも、本件建物でも営業を認めて、同被告の訴外会社に対する債権の回収をさせて欲しいと懇請したこと、⑤原告は、既に被告シャングリラが本件建物において事実上営業を行っていたこともあって、訴外会社との契約期間の残存期間に限ってであれば、同被告に本件建物を賃貸することもやむを得ないと考え、右懇請を受け容れて本件賃貸借契約を締結したこと、⑥そこで、本件賃貸借契約は、当初から公正証書をもって締結され、その期間は、先の訴外会社との賃貸借契約の残存期間に限られ、かつ「本建物は賃貸人の売買用商品で売却が予定されているので、右期間の満了時にこれが売却される場合には、本契約は更新されることなく、終了するものとする。」との本件特約条項が明記されたこと、⑦原告は、本件賃貸借契約は、右各条項の文言どおりに履行されるものと信じて、本件土地建物について買主を探し出し、平成七年四月二五日ころまでには、右買主との間で、売買契約の合意を取り付けたことなどの各事実からすれば、もともと原告とは面識もなく、本件建物につき、原告に対して正当な占有権原を主張できる立場になかった被告シャングリラとしては、たとえ訴外会社が原告と取り決めた賃借期間の残存期間だけであってもそこで営業できれば、経済的な利益につながることから、自ら、被告に対して、一時使用のための賃貸借の申し込みをしたものと認められ、他方、原告は、あくまで同被告の申し込みを拒否できる立場にあったところを、右の一時使用の限度でならば、同被告の懇請を受け容れることもやむを得ないと考えて、本件賃貸借契約を締結したものと認められる。

右の事情の下では、本件契約締結に至る経緯を捨象し、本件特約の文言だけをとらえて賃借人に不利な内容であると評価するのは相当ではなく、前記の契約締結までの事情を勘案すれば、原告と被告シャングリラが本件賃貸借契約において本件特約の合意をしたことには客観的かつ合理的な事情があるというべきである。

したがって、本件賃貸借契約は、平成五年七月一日から平成七年五月一五日までの間の一時使用のための契約であり、右期間の満了をもって、本件賃貸借契約は終了したものと認めるのが相当である。

二  そうであるとすれば、被告シャングリラの本件建物に対する賃借権は本件賃貸借の期間満了日である平成七年五月一五日の経過をもって消滅し、本件建物に対する平成八年五月三一日以降の被告シャングリラの占有及び平成九年六月一日以降の被告赤坂の占有には正当な権原がないと解すべきである。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がある。

(裁判官市村陽典)

別紙物件目録<省略>

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